読書というのはまことに不思議な習慣で、同じ親から生まれ同じ環境であった兄弟の中でも、本を好む者と好まない者とが出てくる。私は少年の時分から、兄弟の中でただ一人猛烈な読書好きになった。同じ環境に育ちながらどうしてこの違いが生じたのか、思えばまことに不思議であ

admin2021-05-16  41

问题     読書というのはまことに不思議な習慣で、同じ親から生まれ同じ環境であった兄弟の中でも、本を好む者と好まない者とが出てくる。私は少年の時分から、兄弟の中でただ一人猛烈な読書好きになった。同じ環境に育ちながらどうしてこの違いが生じたのか、思えばまことに不思議である。
    たぶん、少年時代のある時期に、本を読むということがいかに大きな快楽の種であるかを知ったのが、その始まりだったのではあるまいか。緑側に寝そべって借りてきた本に読みふけるとほかのことはすべて忘れて架空の世界に遊ぶことができ、これが実にぞくぞくするほどの楽しさだったのである。本を読まない人は、おそらく子どもの時分にこういうぞくぞくする楽しさを味わわなかったのにちがいない。一度でもその味を知ったらもうこれから逃れられなくなるのだから。
    さて、私がそんな少年の日の読書体験の話をしだしたのは、現代の若者の場合はどうかと考えるからである。若者が本を読まなくなったと言われだして久しいが、むろん、彼らとて全然本を読まないのではあるまい。学校の教科書に出てくる文例やそれに関連する図書はだれもが読んだにちがいない。しかし、それが彼らに読書の習慣をつけなかったとしたら、考えられる理由はただ一つ、彼らはついに本を読むことで与えられるあのぞくぞくするような楽しさを体験しなかったのだろう。
    私は電車の中でマンガ本に読みふける若者を見るたびに、もったいないことだ、という気がしてならない。若い時というのは頭が最も柔軟な時である。おう盛な好奇心をもってどんな難解な書物にでも取り組み、古今の天才たちの思考や想像に接して、頭脳のレッスンをすべきだ、というのが私の考えである。事実、私の経験では若い時は十分それにたえられるし、若い時にしたそういうレッスンは後の人生において必ず役に立った。
    人間が物を考えるのは必ず言葉によってだ。言葉を媒介せずに物を考えることはできない。そしてその言葉と、物の考え方、論理、思考法を学ぶのは、ただ読書によってのみ可能である。だから、読書しない者は、自分で考えるということはできるはずがないのである。それを、そういうかたい本を読むのをきらって、マンガのような抵抗のない刺激だけのものばかり見ていたのでは、君らはいったいどうやって【R5】 ________を養うんだ、と私は彼らを見るたびに言いたくなるのだ。また、本を読む若者でも、自分のフィーリング(口味)に合ったものしか読まないと当たり前のように言うが、そういう抵抗のない読書だけでは、やはり自分の知らぬ世界に、近づく機会はないだろう。
文中「その始まりだった」とあるが、何の始まりか。

选项 A、少年時代の始まり
B、本を読む始まり
C、読書が大きな快楽の種であることがわかる始まり
D、読書を好む始まり

答案D

解析 由文章开篇「読書というのはまことに不思議な習慣で、同じ親から生まれ同じ環境であった兄弟の中でも、本を好む者と好まない者とが出てくる」可知,是喜欢上读书的时候。
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